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お江戸目黒

唐突ですが、目黒、好きです。

僕の存在を受け入れてくれている街ですから、当然ですね。


その土地を思う時、「昔の人はどうしてたのかな~」、なんて考えます。

ワタクシ、お化けは全く怖くないのですが、
つまりオカルティックな話ではないのですが、
昔の人達に思いをはせて、
人達の存在、息吹を感じれる気がして、、、
妄想が強いんですかね(笑)。

昔の絵を照らして、お江戸にトリップしてみました!

hokusai shimome
葛飾北斎 下目黒 (トリートは下目黒です。 上と中もあります)
大きさが違う対象毎に何層にも見える、すごい絵だと思います。

目黒は江戸時代、ちょっと郊外の田園地帯で、
殿様が鷹狩に来ていたり、
ハイキングも兼ねて目黒不動に詣でる町民で人が往来していたようです。

歌川広重目黒太鼓橋 ※現在の下目黒1丁目 行人坂下-392x600[1]
歌川広重 目黒太鼓橋 (雅叙園のたもと)

橋は今まで何度架け替えられたのでしょうか、、
治水もない時代は暴れ川だったとか。
当時は普通に流れる川だったようですね。
現在は運河としての利用の為に川面はかなり掘り下げられ、
海抜0mとなっています。

お不動帰りの参拝者が通る橋ですが、
この橋からつづいて行人坂という急な坂があります。
トリートのある下目黒2-1ブロック沿いの坂です。
坂の向かいには、
「八百屋お七」と 「江戸三大火事(浅草まで燃えた)」
の出火元と伝わる「大円寺」があります。

、、、浅草まで燃えたってことは、
当然トリートのある場所も燃えたでしょうね、、、

古地図
当時に近い地図で見てみましょう。〇印が大圓寺(現在は大円寺)

下目黒地図
☆印がトリートのある場所です。
うーん、上覚寺というお寺の敷地内あたりですかね~?(笑)
右下が目黒駅、左上に目黒川と太鼓橋があります。

広重 行人坂 1864刊
歌川広重 行人坂 富士

最後は広重の絵で。

地元のタモリさんの番組(ブラタモリ・目黒回)の
エンディングでもやってましたが、
行人坂を登り切った場所、今目黒駅があるとこですが、
江戸の人達はここで不動巡りの帰りにお堂を振り返り、
富士と合わせた絶景を楽しんだそうな。

富士山、
今でも天気の良い冬の日などは、よく見えるんですよ。


オステオパシー施術院トリート



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プロフィール

トリートTakezo

Author:トリートTakezo
目黒駅の近くで施術院を開院しています。

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オステオパシー施術院トリート
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オステオパシーについては力を入れて、
それ以外はのほほんと書いています。

男性
秋田県角館生まれ
東京育ち
海、山、人が好き 

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